それはある日、突然に
ある夜のこと。出し抜けに夫は言った。
「マルタって、どう思う?」
「???」
どうと言われても…聞いたことがあるような、ないような。
それって国? 地名? どこだっけ?
困惑する私に、「ほら、こんな感じ」と、
夫はパソコンでGoogleの画像検索結果を見せる。
「へー、すごい、きれい!」
そこには、きれいな海の画像が並んでいた。
私も自分のパソコンで調べてみる。
「いいね、行ってみたい」
すると夫は、「そこに住むかもよ」と言う。
「???」
またもやフリーズする、私の頭。
いったい、なんの話だ?
夫の転職と、海外移住
夫はいわゆる帰国子女で、日英バイリンガルだ。
英語を使う仕事をしていたが、
ろくに年収が上がらないので
外資系の企業に移りたいと転職活動を始めていた。
そのとき、「海外に住むのって、あり?」と、
至極ライトに聞かれた。
それに対して、私も「いいね」と、
至極ライトに答えた記憶がある。
私は20代で海外旅行にハマり、
海外暮らしへの憧れも少しはあった。
でも、行ったことがあるのは
せいぜい10カ国かそこら。
英語はほとんど喋れない。
ちょっと旅行が好きという程度の人間だ。
海外生活、かあ。
ぼんやりとした憧れはある。
でもそれは、憧れにすぎない。
自分から進んで調べ、行動に移すほどの情熱はない。
それが他人のちからでトントンと進むなら、
それはそれでおもしろいかもしれない。
そんな人生があってもいい。
ほとんど現実感のないまま、
でも、そんなこともあるのかな、なんて
ふんわりとした気持ちで過ごしていた。
ところが。
「内定、出ちゃった」
そういう夫もまた、現実感がなさそうである。
スマホの画面を見せられる。
英文が並んでいる。
私にはところどころしか読めない。
内容どうこうよりも、
「へえ、この人はこれを読めるんだなあ」と
妙に感心したりしていた。
いつものんきな夫だが、仕事はわりと優秀らしい。
でも、日常生活でそれを実感することは少ない。
このときばかりは、
なんだかちょっとかっこよく見えた。
ワクワクできない自分への失望
でも、なぜだろう。
憧れの海外移住だというのに、
思ったほどテンションは上がらない。
まったく知らない国だからだろうか。
もっと若かったら、わくわくできたのだろうか。
希望や期待よりも、困惑している自分に、
私は少し失望した。
気づけば40歳を過ぎていた。
人生100年時代とはいえ、日本人の平均寿命は80代。
もう、折り返し地点だ。
自分がだんだんと凝り固まって、
小さくなってきている。
30代の後半くらいからだろうか。
ずっとそういう自覚があった。
――倦んでいる。
そんな自分がいやだった。
人生、まだ半分だ。
思いきって海外に出てみたら、何か変わるだろうか。
これはきっかけでしかない。
変わるかどうかは、自分しだいだ。
そうわかってはいても、
これくらい強く大きな変化がなければ変われない自分、
ただ老いていくだけの自分をこの数年間、見てきた。
もっと人生を楽しみたい。
そのきっかけになるのなら、挑戦してみてもいい。
そんな気持ちで、マルタ移住を決めた。